일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면

아오조라 문고

教則は文部省が輒く認可せぬので、往復数十回を累ね、とうとう保の在職中には制定せられずにしまった。罰則は果して必要でなかった。一人の※違者をも出さなかったからである。

長泉寺の隠居所は次第に賑しくなった。初め保は母と水木との二人の家族があったのみで、寂しい家庭をなしていたが、寄寓を請う諸生を、一人容れ、二人容れて、幾もあらぬに六人の多きに達した。八田郁太郎、稲垣親康、島田寿一、大矢尋三郎、菅沼岩蔵、溝部惟幾の人々である。中にも八田は後に海軍少将に至った。菅沼は諸方の中学校に奉職して、今は浜松にいる。最も奇とすべきは溝部で、或日偶然来て泊り込み、それなりに淹留した。夏日袷に袷羽織を著て恬として恥じず、また苦熱の態をも見せない。人皆その長門の人なるを知っているが、かつて自ら年歯を語ったことがないので、その幾歳なるかを知るものがない。打ち見る所は保と同年位であった。溝部は後農商務省の雇員となり、地方官に転じ、栃木県知事に至った。

当時保は一人の友を得た。武田氏名は準平で、保が国府の学校に聘せられた時、中に立って斡旋した阿部泰蔵の兄である。準平は国府に住んで医を業としていたが、医家を以て著れずに、かえって政客を以て聞えていた。