일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면

아오조라 문고

しかし安政五年に抽斎が五十四歳で亡くなるまでに、脱稿しなかったものもある。また既に成った書も、当時は書籍を刊行するということが容易でなかったので、世に公にせられなかった。

抽斎の著した書で、存命中に印行せられたのは、ただ『護痘要法』一部のみである。これは種痘術のまだ広く行われなかった当時、医中の先覚者がこの恐るべき伝染病のために作った数種の書の一つで、抽斎は術を池田京水に受けて記述したのである。これを除いては、ここに数え挙げるのも可笑しいほどの『四つの海』という長唄の本があるに過ぎない。但しこれは当時作者が自家の体面をいたわって、贔屓にしている富士田千蔵の名で公にしたのだが、今は憚るには及ぶまい。『四つの海』は今なお杵屋の一派では用いている謡物の一つで、これも抽斎が多方面であったということを証するに足る作である。

然らば世に多少知られている『経籍訪古志』はどうであるか。これは抽斎の考証学の方面を代表すべき著述で、森枳園と分担して書いたものであるが、これを上梓することは出来なかった。そのうち支那公使館にいた楊守敬がその写本を手に入れ、それを姚子梁が公使徐承祖に見せたので、徐承祖が序文を書いて刊行させることになった。