일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면

아오조라 문고

幕府の儒員に列せられた。『荀子』、『韓非子』、『淮南子』等の考証を作り、旁国典にも通じていた。明治十一年四月までながらえて、八十二歳で歿した。寛政九年の生で、抽斎の生れた文化二年には僅に九歳になっていたはずである。

海保漁村、名は元備、字は純卿、また名は紀之、字は春農ともいった。通称は章之助、伝経廬の別号がある。寛政十年に上総国武射郡北清水村に生れた。老年に及んで経を躋寿館に講ずることになった。慶応二年九月十八日に、六十九歳で歿した人である。抽斎の生れた文化二年には八歳だから、郷里にあって、父恭斎に句読を授けられていたのである。

即ち学者の先輩は艮斎が十六、成斎が十、况斎が九つ、漁村が八つになった時、抽斎は生れたことになる。

次に医者の年長者には先ず多紀の本家、末家を数える。本家では桂山、名は元簡、字は廉夫が、抽斎の生れた文化二年には五十一歳、その子柳、名は胤、字は奕禧が十七歳、末家では庭、名は元堅、字は亦柔が十一歳になっていた。桂山は文化七年十二月二日に五十六歳で歿し、柳※(「さんずい+片」、第3水準1-86-57)は文政十年六月三日に三十九歳で歿し、※(「くさかんむり/頤のへん」