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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

「もしこの芳香をたてつづけに、四半刻というものをきいていたならば俺はそれこそ色情狂になろう」山県紋也がこう思ったほどにもその匂いは催情的のものであった。そういう匂いを漂わせながら、なおも女はみつめていた。その女を蔽うているものといえば、黒塗り蒔絵の駕籠である。その駕籠を護っているものといえば、被衣をかぶった四人の老女と、覆面姿の四人の若武士と、脛を出した二人の駕籠舁きとである。そうしてそれらを見下ろしているのは、白けた晩い大輪の月で、燐のような光をこぼしている。

この一群をほかにしては人ッ子一人も通っていない。で、往来は空っぽであった。往来の片側に軒を並べて、無数の家々は立っていたが雨戸も窓もとざされているので、一筋の燈火さえ洩れて来ない。屋根ばかりを月光に化粧させて、地の上へ一列の家影を引いて、静まり返っているばかりである。この光景は幽鬼的といえる。そういう幽鬼的の光景を前にあたかも釘づけにでもされたかのように山県紋也は突っ立っていたが、それは動くことができないからであった。魅せられ麻痺されているからであった。

「匂いはいったいどこから来るのだ。