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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

酔ったお狂言師

こういって首を前へ伸ばした。

が、この部屋には嘉門のほかには、太郎冠者どころか次郎冠者どころか、誰一人としていないのであった。

酔ったお狂言師

誰も一人もいもしないのに、眼の前に太郎冠者がいるかのように、盃をさした狂言師の嘉門は、手を伸ばすと側の銚子を取り上げて、盃へ酒を一杯についだ。

「太郎冠者殿よ、遠慮はいらない。さあさあお過ごしなさりませ。酒は上等の灘物でござるよ、亭主役は泉嘉門でござる。不足はないはずでござりますがな」――かなり嘉門は酔っているらしい。少しくろれつのまわりかねる舌で、このように一人で喋舌って来たが、いもしないところの太郎冠者が、盃を取り上げて飲むはずがない。しかるにどうやらお狂言師の嘉門には、それが不服でならないらしい。皮肉なことをいい出した。

「さては冠者殿におかれましても、この嘉門を嫌っておられますそうな。困ったお方でござりますな。もっともいつでも太郎冠者殿は、意地の悪いお方でござりますがな。大名衆などをおさえお虐めなされる。また狂言に現われて来る大名衆と来た日には、現在の大名衆と同じように、ばからしい手合ばかりではございますがな。