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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

「気の毒な父でござります。気の毒な父でござります」

「すべて名人と申しますものは、不平と一徹と負けじ魂とに、悩まされるものでござりますよ」

「一倍父はその方面のことで、悩む性質でござりますので。……」

「悩みは誰にでもござります」

こういうと若い武士は物憂そうに元の捨て石へ腰を下ろしたが、「あなたもおかけなさりませ」

藤棚を漉して来た初夏の陽が、藤の花房の揺れるごとに、乱れた縞のような斑をなして、続いて捨て石に腰を下ろした若い娘の肩をさした。

二人はしばらく黙っている。

蜂の唸り声がかすかに聞こえて、隣りのお屋敷で飼っているらしい、老鶯の啼く声も届いて来た。

黙っているということが、どうやら二人には苦痛のようであった。二人ながら身体をもじもじとさせた。

切れた話のつづきでもあろう、何気なげに娘はいい継いだ。「お狂言も好きではござりますが、でも妾にはお能のほうが、もっと好きなのでござりますよ。お能の面などを眺めておりますと、もうそれだけで心の中が、ノビノビといたして参ります。小面や若女や増の面などはわけても大好きでございます。でも鉄輪の生成や、葵の上の泥眼や、黒塚に使う近江女などは、凄味がありまして恐ろしゅうござります」