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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

京丸をさして

――といいいい老儒者は綴じ紙をたたむと、深く懐中へ入れた。

天龍川の水音が、秋晴れの空気を顫わせている。栗色の兎が草むらから出た。が、逃げようともしなかった。

「どのようなことが巻き奉書には、書かれているのでござりますか?」――ややあって紋也が慇懃に訊ねた。

京丸をさして

「存ぜぬ」と老儒者は言下に答えた。「手に入れることができなかったのだからな。ああそうだよ、巻き奉書を。……しかし推量をすることはできる」

「…………」紋也は無言で老儒者を見た。

「血判をした連判状であろうよ」

「…………」

「徳大寺卿をはじめとして京師の勤王の公卿方が、集められた衆人の血判状であろうよ」

「…………」

「とはいえ徳大寺公城卿は、尊きご身分でおわします。ご自身血判などされるはずはない。集められた衆人の血判状であろうよ」

「それを先生へもたらせました?」

「わからぬ」と老儒者はふたたびいった。

「が、これとても推量はできる。俺を引き出そうとされたのであろう。しかし俺としては出なかったであろうよ。たとえ巻き奉書がまいったところで」

「それは何ゆえでござりまするか?」

「宝暦の事件に懲りているから」