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むすめえんじゅつし
娘煙術師
国枝 史郎
「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页
……子まである仲を引き裂いて、竹之助様をおいだされた。……そのくせはじめはお父様のほうから、婿として竹之助様を望まれたのに。……何がお二人を不和にしたのやら、いまだに妾にはわからない。……不和! 憎しみ! 舅と婿! ……それではもしや竹之助様が?」
この疑いは君江にとっては、悲しくもあれば恐ろしくもあった。
「そんなことがあってよいものか。こんな疑いはやめよう」しかし悲しくも恐ろしい、この疑いは君江の心から消え去ろうとはしなかった。
この間も雨は降りつづいて、柄漏れの滴がいよいよ繁く、武左衛門の死骸へ降りかかる。ふと君江は腕をのばしたが、死骸の懐中へ手を入れた。
「臨終にお父様が仰せられた――渡すな、文書を、懐中の文書を! ――どのような文書があるのやら」で、ソロソロとひき出した。
「たしかにお預かりいたしました。誰にも渡すことではござりませぬ。ご安心なすってくださいまし」自分の懐中へ巻き奉書を、大事そうに手早く納めた時に、町の方角から提灯の火が、点々とこちらへ近寄って来た。
こういう事件の起こったのは、明和六年の晩春初夏の、ようやく初夜へはいったころのことで、所は下谷の車坂から、根岸の里へ下りようとする、上野の山の裾の辺で、人家がとだえて藪畳があったが、その藪畳での出来事である。