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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页
浅草絵と浅草人形
そんなら羽織の胴裏にでも描いてもらいましょうと、楢屋の主人は早速白羽二重を取寄せて頼んだ。椿岳は常から弱輩のくせに通人顔する楢屋が気に入らなかった乎、あるいは羽織の胴裏というのが癪に触った乎して、例の泥絵具で一気呵成に地獄変相の図を描いた。頗る見事な出来だったので楢屋の主人も大に喜んで、早速この画を胴裏として羽織を仕立てて着ると、故意乎、偶然乎、膠が利かなかったと見えて、絵具がベッタリ着物に附いてしまった。椿岳さんの画には最う懲り懲りしたと、楢屋はその後椿岳の噂が出る度に頭を掻き掻き苦笑した。
浅草絵と浅草人形
椿岳のいわゆる浅草絵というは淡島堂のお堂守をしていた頃の徒然のすさびで、大津絵風の泥画である。多分又平の風流に倣ったのであろう。十二枚袋入がたった一朱であった。袋の文字は大河内侯の揮毫を当時の浅草区長の町田今輔が雕板したものだそうだ。慾も得もない書放しで、微塵も匠気がないのが好事の雅客に喜ばれて、浅草絵の名は忽ち好事家間に喧伝された。が、素人眼には下手で小汚なかったから、自然粗末に扱われて今日残ってるものは極めて稀である。椿岳歿後、下岡蓮杖が浅草絵の名を継いで泥画を描いていたが、蓮杖のは椿岳の真似をしたばかりで椿岳の洒脱と筆力とを欠き、同じ浅草絵でも椿岳のとは似て非なるものであった。