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ふたばていよだん

新編 思い出す人々

内田 魯庵

内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页

青空文庫

三 二代目喜兵衛の商才

殊に軽焼という名が病を軽く済ますという縁喜から喜ばれて、何時からとなく疱瘡痲疹の病人の間食や見舞物は軽焼に限られるようになった。随ってこの病気が流行れば流行るほど、恐れられれば恐れられるほど軽焼は益々繁昌した。軽焼の売れ行は疱瘡痲疹の流行と終始していた。

三 二代目喜兵衛の商才

二代目喜兵衛は頗る商才があった。軽焼が疱瘡痲疹の病人向きとして珍重されるので、疱瘡痲疹の呪いとなってる張子の赤い木兎や赤い達磨を一緒に売出した。店頭には四尺ばかりの大きな赤達磨を飾りつけて目標とした。

その頃は医術も衛生思想も幼稚であったから、疱瘡や痲疹は人力の及び難ない疫神の仕業として、神仏に頼むより外に手当の施こしようがないように恐れていた。それ故に医薬よりは迷信を頼ったので、赤い木兎と赤い達磨と軽焼とは唯一無二の神剤であった。

疱瘡の色彩療法は医学上の根拠があるそうであるが、いつ頃からの風俗か知らぬが蒲団から何から何までが赤いずくめで、枕許には赤い木兎、赤い達磨を初め赤い翫具を列べ、疱瘡ッ子の読物として紅摺の絵本までが出板された。軽焼の袋もこれに因んで木兎や達磨の紅摺であったが、喜兵衛は更に袋の新らしい工風をした。