轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页
四 狂歌師岡鹿楼笑名
ほどのいもあとも残り不申候やうにぞんじけしをのぞき差上候処文政七申年はしか流行このかた御用重なる御重詰御折詰もふんだんに達磨の絵袋売切らし私念願かな町のお稲荷様の御利生にて御得意旦那のお子さまがた疱瘡はしかの軽々焼と御評判よろしこの度再板達磨の絵袋入あひかはらず御風味被成下候様奉希候以上
以上の文句の通りに軽々と疱瘡痲疹の大厄を済まして芥子ほどの痘痕さえ残らぬようという縁喜が軽焼の売れた理由で、淡島屋の屋号のあわのように消えるというもまた淡島屋が殊に繁昌した所以であろう。
この文句に由ると順番札で売ったのは享和三年が初めらしいが、その後も疱瘡痲疹大流行の時は何度もこの繁昌を繰返し、喜兵衛の商略は見事に当って淡島屋はメキメキ肥り出した。
初代の喜兵衛も晩年には度々江戸に上って、淡島屋の帳場に座って天禀の世辞愛嬌を振播いて商売を助けたそうだ。初代もなかなか苦労人でかつ人徳があったが、淡島屋の身代の礎を作ったのは全く二代目喜兵衛の力であった。
四 狂歌師岡鹿楼笑名
前記の報条は多分喜兵衛自作の案文であろう。余り名文ではないが、喜兵衛は商人としては文雅の嗜みがあったので、六樹園の門に入って岡鹿楼笑名と号した。