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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

こういうと嘉門はまたもよろけて、左のほうへ傾いたが、そっちに左内が憂鬱らしい姿勢で黙然としてたたずんでいた。と、嘉門はそのようすを見たが、意味ありそうにいいつづけた。

「浮世は厄介でござりますよ。異をちょっとでも樹てようとすれば、世間がすぐに圧迫けます。そのよい例がこの私で。私の狂言の流派といえば、ご承知の通り鷺流なので、大蔵流と相待ちまして、幕府方のお狂言でござります。ところが私は京師のお狂言の、和泉流を習いまして、その特徴を取り入れまして、私一個の狂言の型を、創りいだそうといたしましたところ、さっそく宗家から非難が出まして、そうして邪魔をされまして、その上に破門をされまして、今では私に表だって、舞台へ立つことのできないような、みじめな身の上となりました。……で私は思いますので、高いりっぱな身分のお方が、市井の貧しい娘などと、恋仲となって夫婦になって、町住居などをなさろうというのはやはり浮世の縄墨にはずれた、異を樹てることなのでございますとな。さようなことをなさいましょうものならすぐに世間から邪魔をされて、みじめなお身の上となりましょう。……高貴なお方は高貴なお方同士で、下賤な人間は下賤な人間同士で、嫁取り婿取りをなさいましたほうが、事なかれ主義という点で、よろしいようでございますよ。