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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

南無三! 火の手!

金兵衛が人の波に溺れたのである。金兵衛を溺らせた人の波は、その金兵衛の溺れたあたりで、ひとしきり雑音を立てたようであったが、すぐに一方へ進み出した。溺れた金兵衛の体の上を無慈悲な波が――群衆の足が、踏みにじって越していったのでもあろう。が、まもなく辻から離れた、一筋の露路の一所へ、金兵衛の姿が現われた。溺らした人波から体を救って、そこまで泳いで来たのであろう。髪が顔へ乱れている。衣裳が所々破れている。手足に生血がにじみ出しているのを、側の私娼宿の燈火の光が、黒い色に照らしている。

「山県の先生、お逃げなすって! お粂の姐ご、逃げなせえ!」――人波を分けて無二無三に、なおも金兵衛は進んで行く。

南無三! 火の手!

いく筋かの露路をくぐりにくぐって、それでも金兵衛は空地へ出た。空地には幾つかの屋台店が、点々として立っていたが、漠然とした恐怖に怯やかされたからであろう、屋台店の主人はあわただしそうに、店の道具を片付けていた。いつもなら空地は比較的に、人の姿がまばらなのであったが、今夜はそうはいかなかった。

漠然とした恐怖に怯やかされて、家路へ帰って行く人の群れが、四方の露路から現われいで、ここの空地へ集まって、それからさらに露路を通って、水戸様石置き場の空屋敷の、この気味の悪い境地から、外へ出ようとしているのである