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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
……それをすっかり送りだしてから、大助はまだ騒ぎの続いている運座の客たちの部屋を覗いた。飲んだり唄ったりしている人々の蔭のほうに、寒笑がひどく深刻な顔をして坐っていた。大助はちらと見たきりで、杉田諦貫という宗匠のそばへ坐り、まわりの客たちに二、三酌をすると、梅八に「たのむよ」というめくばせをして置いて奥へはいった。
「たいへんな騒ぎでさぞ驚いたでしょう」
藤尾はひとり行燈のそばへ文机を寄せて、なにかこまごまと書いていたが、大助がはいって来るのをみるとすぐに机を押しやった。
「お使いだてをしますが、熱い茶をいっぱい淹れて下さい」
「はい」
「あっと、火があるかな」
「はい、ついたばかりでございますから」
藤尾は立って湯沸しを火にかけた。燗の湯を使うかと思ったが、いかに武家育ちでもそんなことはない、手まめに茶の支度をする姿を、大助は眼尻に見ながらふと心が暗くなるのを覚えた。――この娘のゆくすえをどうするか。
四五日まえ、かれは江戸の店をやっている兄の助次郎にうちあけられて、太橋の財政が思いのほか手詰ってきたことを知った。太橋家は高松でも江戸でも、勤王攘夷の志士たちにできる限りの援助をしていた。