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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
……商人としてこの大切な時勢のお役にたつことができれば本望だ、金で足りることなら太橋の家の土台石まで捧げるつもりになれ、父の市三郎からそういう意気ごみだった。だからむしろ今まで身上にゆるぎのみえなかったのがふしぎなくらいである。……大助もうすうす感づかないではなかった。高松の父も江戸の兄も、なに大丈夫だ、心配するなと云ってはいたが、どこかしら少しずつ店のようすの違ってゆくのが眼についた。しかしかれはまったく商売のことは知らなかった。幼少の頃から店とは没交渉で、剣を習い学問をした。儒学は江戸の昌平黌で古賀同庵につき、蘭学は讃岐で伊藤宗介に手ほどきをうけた。かれは父と兄とから、新しい時代に太橋の家を生かす人間、という望みをかけられていたのである。
――おまえは店のことは考えなくてもよい、自分の信じた道を誤らずにやってゆけ、あとはおれたちがひきうけた。
父からも兄からもそう云われて、そのとおり今日までやって来たのである。太橋の財政が手詰りかかったと聞いたとき、大助はさして驚きもしなかったが、それではぐずぐずしてはいられないぞ、という気持になったのだ。――ほかのことはまあいい、この娘のゆくすえだけは安穏にしてやりたい、それも早くしないと。