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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

でいるとはいえぬまでも生活には困らない、秀之進がいなければ市左衛門ただ独りで、下僕二人を使っている静閑な家だった。……そうだ、亀阜荘よりも早水家のほうが適当だ、おそらくかれもそう考えついたのに違いない。大助はそう考えて、ようやく肩の重荷をおろしたような気持になった。

昼食のときには藤尾は起きて来なかった。三人が顔を合わせたのは夕食のときだったが、秀之進は娘の挨拶に対して「うん」とひとつ頷いたきりだった。藤尾はさっと赧くなったが、つぎにはすぐ逆に蒼くなり、食事のあいだじゅう眼をあげることができなかった。

夜半十二時、三人は宿の者に提灯支度をたのみ、雨を冒して出立した。

藤尾は雨支度がないので、合羽も笠も大助のを借りた、大助は蓑と筍笠で間に合わせた。宿を出てから提灯をつけた。雨は降っているがもうそうひどくはない、むしろ間もなくあがるらしく、空には断雲の流れるのがおぼろげにみえていた。……ぴたぴたと、水溜りを踏む三人の足音だけが、深夜の道に空しい反響を伝えていった。

半刻ほどして道が小さな村宿へはいって出ると、右手にかなり広い草地のあるのがみえた。左手は宮川の流れである。