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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
「お手柔らかにってどうお手柔らかなんだ」
「からす貝、黒馬なんぞのたぐいを勘弁して頂きたいんで、へへ、実はこれでも当時は竹亭寒笑先生でげすからな」
「そうかい」大助はにやりと笑った、「お手柔らかにね、わかったよ」
部屋へ戻ると藤尾はすっかり身じまいを済ませ、掻きあげた涼しい衿足をこっちへ向けて、窓からじっと雨の谷川を見ていた。
「風呂へはいって来ませんか、今のうちならまだすいていますよ」
「有難う存じます」
「このまま梅雨にでもなりそうで肌がじとじとする、ひとあびするとあとがさっぱりしますよ」
「……はい」
身動きもしないでじっと、凝ったようになにかを見ている。藤尾のようすに惹かれて大助がひょいとそっちを見た。谷川に渡してある小さな橋の上に、傘をさした武士が二人、この二階を見上げてなにか頷き合っていた。
――昨夜の人たちだな。
伊予の者ではないかと帳場へ訊きに来た、ゆうべの男たちに相違ない。そう気づいたので、大助はもう一方の障子も明け、わざとかれらに自分を見せるようにふるまった。
「見おぼえのある顔ですか」
「……はあ?」
「あの橋の上の男たちです、ずっとああして見張っていたんですか」