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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
久木直二郎はなにかを読んだ。水のように平静な、無感動な秀之進のぜんたいからなにものかを読みとった。「えいっ」かれははじめて第一声を放ち、なお数尺ほど間隔を縮めた。肉の厚い、逞しい胸郭が大きくふくらみ、手足の筋肉に発条のような力の溢れてくるのがうかがえる。――やるぞ。見ていた三人はそう直感した。そしてその刹那に、えいと絶叫しながら久木直二郎は打を入れた。間隔からいうと空打とみえる、つぎの変化を窺う空打にみえるが、実際はそれが必殺の打だった。おどろくべき技で瞬速に間合を征服しつつ、しかも徹骨の一刀をうち込んだのである。きらっと刃が光った。秀之進の躯がぐっと反り、爪立ちになったとみると、久木直二郎は毬のように身を縮め、波うち際のほうへ二三間ほども跳躍しながら、「勝負あった」と高く叫んでいた。
「やるなあ、讃州」久木はふりかえって刀を横にしながら叫んだ、「だが勝負はおれの勝だぞ、胸をみろ、衿前へ切尖が届いた筈だ」
「……まさに」
秀之進は見もせずに頷いた。寄せて来た波が久木の足を洗った。それほどもかれは水際へ跳んでいたのだ。さっと脛を波にひたされたかれは、さっぱりと敵意の消えた顔で秀之進のそばへ戻って来た。