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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
頭上は火の糸を張ったように、大小無数の火の粉が、筋をひきつつ飛んでいた、煙は火に焦がされて赤く染まり、喉を灼くように熱くなった。煙に咽せたのだろう、どこかで子供が泣きだすと、堰を切ったように、あっちからもこっちからも、子供の泣きごえが起こった。
「おいみんな荷物に気をつけて呉れ」とつぜん幸太が叫びだした、「……荷物へ火がつくとみんな焼け死ぬぞ、よけいな物は今のうちに河へ捨てるんだ」
彼は石の上へとびあがり、同じ言を幾たびも叫びたてた。それから両国のほうと本所河岸を眺めやった。煙がひどいのでよくわからないが両国広小路の向うも火のようだった。薬研堀から矢の倉へかけて、橙色のすさまじい火が、上から抑えつけられたように横へ広くひろがっている、そしていつ飛び火がしたものか、本所河岸もすでに炎々と燃えていた。
「向う河岸も焼けてるのね、幸さん」おせんが立ちあがってそう云った、「……どこもかも焼けているわ、大丈夫かしら」
「出て来ちゃあいけない、蒲団をかぶってじっとしているんだ」幸太は叱りつけるように云った、「……馴れない眼で火を見ると気があがって、それだけでまいってしまう、おれがいる以上は大丈夫だからじっとしていな」