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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页

青空文庫

誠ちゃんも、お祖父さんに言えよ。」

「僕はお祖母さんが一等いいんだがなあ。」

「そんなら、お祖母さんでもいいさ。僕はお祖父さんにするから、誠ちゃんはお祖母さんにしろよ。」

「でも、母さんは、何でも父さんにきかないと、いけないって言うよ。」

「馬鹿にしてらあ。お祖父さんが一番の大将だよ。あいつなんか、他所から来たんだい。」

次郎はそう言って、得意らしく顔をあげた。すると、驚いたことには、すぐ鼻先の土蔵の窓から、人の顔がのぞいていた。

それは、ちらっと見えてすぐ消えたが、謙蔵の顔らしかった。次郎は急にそわそわし出した。彼は、何か言おうとする誠吉を、手で制しておいて、土蔵の窓に注意を払いながら、及び腰になって、路地の入口まで忍んで行った。

土蔵の戸口には、果して謙蔵が、大福帳をぶらさげて石のように突っ立っていた。次郎ははっとして後じさりしようとした。しかし、もうその時には、異様な輝きをもった謙蔵の眼が、青ざめた額の下から、ぐっと次郎を睨んで放さなかった。

次郎はすぐ地べたに眼を落した。しかし彼は、自分の右の頬に、いりつくような謙蔵の視線をいつまでも感じていた。