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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页
二九 北極星
もう随分晩かったが、正木の老人は、その晩のうちに次郎を連れて帰ることにした。次郎は、何のために自分が正木の家に預けられるのか解らなかった。しかし、彼は、それを決して不愉快には思わなかった。むしろ、何もかも忘れて、いそいそと出て行った。ただ真っ暗な路を、村はずれまで歩いて来た時に、彼は、ふと、竜一と春子とのことを思い出して、急に泣きたいような淋しさを覚えた。
その後、彼の足の下で、ぴたぴたと鳴る草履の音が、いやに耳につき出して、彼の気持はいつまでも落ちつかなかった。
二九 北極星
「星がきれいだのう。」
正木の老人は、ゆったりと歩を運びながら、独言のように言った。秋近い空はすみずみまで晴れて、凪ぎ切った夜の海のように拡がった稲田の中に、道がしろじろと乾いていた。
次郎は空を見上げただけで、返事をしなかった。彼は、正木のお祖父さんに十分な懐しみを感じ、二人きりで夜道を歩くのを誇らしいとさえ思いながらも、ふだん正木の家に行く時のように、朗らかにはなれなかった。彼は、まだ、老人の気持を計りかねていたのである。
(なぜだしぬけに、僕を預るなんて言い出したんだろう。