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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页

青空文庫

三二 土蔵の窓

彼は、学校で、綴方はいつも甲をもらった。先生に教室でそれを読み上げて貰ったりすることも稀ではなかった。しかし、彼の綴方は、勇ましい活動的な方面を書いたものよりも、むしろ、そうした沈んだ感傷的なものの方が多かった。

こうして、彼の正木の家における新生活は、一見すらすらと流れているようで、かなりこみ入った内容を持ちはじめていたのである。

三二 土蔵の窓

正木の家での次郎の自由な生活に、ごくかすかではあったが、暗い影を投げている人が一人だけあった。それは先年亡くなった伯母の夫に当る人で、名を謙蔵といった。次郎はこの人にだけは、最初から何とはなしに気が置けていたのである。

正木の老人には、末っ子に男の子が一人あった。しかし、彼には学問で身を立てさせることにしていたので、総領娘――お民の姉――に早くから謙蔵を迎えて、蝋屋の仕事一切を任せて来たのだった。ところが、その男の子は、東京に遊学中病気になり、若くて死んでしまったので、謙蔵が、自然、この家を相続することになったわけなのである。

謙蔵は、村内のさる中農の次男だったが、性来実直で、勤勉で、しかもどこかに才幹があるというので、正木の老人の眼鏡に叶ったのだった。