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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页

青空文庫

三九 母の臨終

そう一ぺんに話して疲れるといけないから。」

「ええ、よしますわ。……ああ、あたし、これでせいせいしました。」

そう言ってお民は眼をとじた。

その晩は、むろん次郎とお浜とは同じ蚊帳の中に寝た。お浜は、暑いのに、夜どうし次郎の肩に自分の手をかけては、引きよせた。次郎は、自分の手先がお浜のたるんだ乳房にさわるごとに、はっとして寝がえりをうった。彼はよく眠れなかった。それはお浜に引きよせられるからばかりではなかった。このごろ彼の胸にはっきり映り出した母の澄みとおった愛と、ひさびさでよみがえった乳母の芳醇な愛とが、彼の夢の中で烈しく熔けあっていたからである。

三九 母の臨終

お浜に会ってからのお民は、不思議なほど静かに眠った。それは、興奮のあとの疲労というよりは、すべてを処理し終ったあとの安心から来る落ちつきであった。しかし、それと固時に、冷たい死は刻々に彼女に近づきつつあったのである。

翌日は、医者の注意で、電報や使いが方々に飛ばされた。午すぎには、本田から俊亮が恭一と俊三とをつれてやって来た。その日は、しかし、幸いにして何事もなかった。お民は、眼をさましては周囲を見まわし、三人の子供が並んで坐っているのを見ては安心するらしかった。