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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

「時事新報」1944(昭和19)年1月1日~7日、1月9日~2月25日、3月1日~3月5日、3月7日~3月8日、3月11日~3月15日、3月18日~3月21日、3月25日、3月27日~3月29日、4月1日~4月3日、4月7日~4月11日、4月15日~4月19日、4月24日~5月4日、5月6日~5月9日、5月13日~5月17日、5月20日、5月22日~5月24日、5月27日~5月31日、6月3日~6月8日、6月12日~6月17日、6月19日~6月22日、6月24日~6月26日、6月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 页

青空文庫

五

まあ、お元気で……」

軽く会釈をしてもう行きかける男のうしろ姿へ、

「どうもありがとうございました。では、お気をつけになつて……」

北原ミユキは、急に力がぬけたように、板べいを背にしてその場へへた/\としやがみこんだ。疲れと、ひもじさと、寒さとが一時に襲いかゝつた。こんなことではいけないと思うのだけれども、どうしようもない。手さげの中にまだ残つている握り飯を取りだす気さえしないのである。

そのうちに、うと/\と眠くなつて来た。

野良犬がひざのあたりをかぎまわす、そのけはいに驚いて眼をさます。

遠くに汽笛が聞えた。

浜島茂がひとりぽつねんと船の甲板に立つている夢をみていたのである。

五

やつとの思いで、北原ミユキは腰をもちあげた。

街のあかりを目当てに、ふら/\と歩きだした。どこへ行こうというのだろう? 自分でもはつきりそれと意識してではないけれども、どうやら、停車場の方角へ足が向く。

寝静まつた街のなかは、水底のような深さを感じさせるだけで、夜の不気味さなどはどこにもなかつた。

停車場というものは勘でたどりつくことのできるものらしい。彼女の眼の前には、やがて、田辺駅の小じんまりした建物があらわれた。