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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

それは神奈川宿の海だった。

「おう、夜が明けた」

彼は、花世が逃げてほっとした心と、その心を非とする慚愧とに責められながら、街道の松の根に腰を下ろした。

もう、ぼつぼつ旅人が通る。

どうせの事に、軍鶏籠がここまで来るのを待ち合せていようと、そのまま、明け放れてゆく海面を眺めていると、彼方の並木から、朝の春風爽やかに、馬の鈴が鳴って来る。

煙草の火――耀蔵はさっきから、火のない煙管を持っていた。それが、近づいて来るのを待ちかまえて、

「馬子」

と、呼びとめた。

馬の背には、早立ちの女客が乗っていた。

「――火を貸してくれぬか」

「おやすいことで」

だが耀蔵の眼は、その途端に、あらぬ方へ奪られていた。馬の背にある旅の女が、ちらと、冠り手拭の下から涼しい眼で彼を見下ろしたせつなに、

「あっ」

と、煙管を足もとへ落した。

「おのれ! 花世ッ」

女も、はッと何かに搏たれたように、

「何をするのさ」

掴みかかった耀蔵の手を、菅笠で振り払って、ぱっと、馬を躍らした。

不意を食らって、手綱を離した馬子を尻目にかけながら、女は、元の東海道の方へ、まっしぐらに引っ返して行く。

「花世! 花世! たしかにゆうべの花世に違いない。