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よあけのつじ
夜明けの辻
山本 周五郎
「新国民」1940(昭和15)年12月~1941(昭和16)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,801 字 · 86 页
伊兵衛は少しまごついた。彼が想像していた人柄とはだいぶ違うのである。もっと狷介な闘志満々たる態度と、舌端火を吐く熱弁家だと思っていたが、見たところ恰幅はまるで村夫子然としているしその声調もひどく穏やかで、ちょっと座談でもしているような印象を与えられる……伊兵衛が坐ったとき、講演者はふと思出したように、
「申し後れましたが、どうぞお楽に」
と片手をあげながら云った。
「べつにむつかしい講議をしているわけでもありません。固苦しくされるとかえって気詰りですから、みなさん火桶の側へ寄って楽にしてください。今宵はまたひどく冷えるようですが、御当地はいつもこういう陽気でございますか」
「御覧のごとく山国でござるから」
頼母が誘われるように和やかな調子で云った。
「霜月に入ると寒気が厳しくなります。榛名、赤城と真向から吹颪すのが、俗に上州風と申して凛烈なものでござります。拙者どもは馴れておりますが先生には御迷惑でござりましょう」
「ひどくまた今宵は冷えまするな」
「雪にでもなるか知れませぬ」
老職たちも急に肩の凝のほぐれたような、ほっとした調子で互いに頷き合った。
一座の雰囲気が楽になるのを待って、講演者はまた静かにつづけだした……そのとき初めて伊兵衛は、広間の外の廊下にも聴衆がいるのをみつけた。