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よあけのつじ
夜明けの辻
山本 周五郎
「新国民」1940(昭和15)年12月~1941(昭和16)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,801 字 · 86 页
貴公が我々の拒絶を楯に母御を説いて、それでもならぬと云われたらどうするのだ……来栖、だがおれの訊きたいのはそんなことではない」
「……?」
伊兵衛はじっと相手の眼を見ながら、
「貴公はまだ山県先生に心服しているか」
「……それは、どういう意味だ」
「どういう意味でも、あらゆる意味に於てだ。いつか雪の夜、講演のあった帰途に話し合ったことがある。今でも貴公はあのときと同じように先生を尊崇しているか」
「むろん、それは、先生の思想は立派なものだ。しかし拙者は今になって思出すが、貴公があのとき大弐どのは斬られるといった。あの言葉はたしかに一理あると思う」
「おれの言葉などはどうでもいい、貴公の本心が知りたいんだ。本当の考えを聞かしてくれ。貴公はもうあのときほど先生に傾倒していないのではないか」
「先生は今でもけっして」
「ちょっと待て、来栖」
伊兵衛は手をあげて遮った。
「おれはこの場かぎりの云い抜けは聞きたくないぞ。貴公は学問がある、機智も豊富だ、伊兵衛などは手もなく云いくるめられると思うかも知れない。しかし、今夜の伊兵衛は少し違うぞ。わずか二十余日のあいだではあるが、おれは世間の嘘実と、人心の表裏とをいろいろと見てきた。