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よあけのつじ
夜明けの辻
山本 周五郎
「新国民」1940(昭和15)年12月~1941(昭和16)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,801 字 · 86 页
「いやよそう」
伊兵衛は口惜しそうに云った。
「……拙者の意見など貴公にとって三文の値打もないだろう、拙者も貴公を説得したいと思わぬ。ただ今夜これから帰ってよく考えてみてくれ、大弐の得一篇の説は危い。すくなくとも我々武道を第一とする者にはおそろしく危険だ」
「考えろと云うなら考えてみよう。拙者にはそれほどむつかしい説とは思われぬが」
そう云う道之進の眼を、伊兵衛は疑わしげに見戍っていたが、やがてその唇尻にふたたびそっと微笑を刻みながら、
「おい道之進」
と急に明るい声で云った。
「貴公はかなり秀才なくせをして、まるで嘘のように愚鈍なところがあるのを知っているか」
「人の見かたにはいろいろあるよ」
「そう安心していられれば仕合せだ。いい夢を見たまえ」
道之進の傘からとび出して、雪のなかを伊兵衛は大股に駈けて行った。
夜のうちに二尺も積った雪が、朝になってもまださかんに降っていた……起きるとすぐ、裸で井戸端へとび出した伊兵衛は、健康な二十六歳の逞しい体へ、釣瓶からざぶざぶと水を浴びた。まだ早いのであろう、裏庭にある家士長屋も雨戸が閉っているし、いつもすぐとび出して来る飼犬の『もじゃ』