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むすめえんじゅつし
娘煙術師
国枝 史郎
「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页
前後に踏んでいる兵馬の足が、衣裳から洩れて現われていたが、その足がジリリ、ジリリ、ジリリと、小次郎のほうへ寄って来る。柄の頭を握っている兵馬の拳が、月光の加減か、尋常ならず大きく見えたが、同じくジリリ、ジリリ、ジリリと、小次郎のほうへ寄って来る。
が、何よりも恐ろしいのは、拳の下にすわっている穴のように見える一眼で、それは人間の眼というよりも、一個の独立した奇怪な生物――というように見なされた。その眼が同じく小次郎のほうへ、ジリリ、ジリリと寄って来る。兵馬その者の姿勢から、全体的に感ぜられるものは、兎を捕えるにも全力を注ぐといい伝えられている獣王の獅子で、どうあろうとよし、こうあろうとよし、あくまでも小次郎を討って取ろうと、深く決心をしているような、真に物凄い殺気であった。そういう兵馬を前に置いて、何ゆえ小次郎は刀を抜かずに、みつめたままで立っているのであろう。小次郎には刀が抜けないのであった。
桃ノ井兵馬という名は聞いていたが、そうして兵馬が自分たち一族の、敵であるということも聞いていたが、そうしていつぞや兄の紋也と、姉の鈴江とが泉嘉門の屋敷で、その兵馬を懲らしたという、そういうことも知ってはいたが、しかし逢うのははじめてであった。