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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

――そうだ、この老人はおれの愛読者なんだ。

そう思うと少し元気が出てきた。たとえ相手は侍だろうと、小説についてはこっちが本職である。本職の話なら別にそう恐れ入らずともいいわけだ、こう考えて寒笑はやおら顔をあげた。

「失礼でございますが、お武家さまはよほど小説類はお読みでいらっしゃいましょうな」

「……うん?」老人はこちらへきらりと眼を向けた、それは本当にきらりと光る眼だった、「小説なぞは続まん」

「……へえ、さようで、……」寒笑は首をすくめた、老人は盃を下に置き、低いしずかな声で、もう少し近う寄れと命令するように云った、「な、なんでございますか」

「恐がることはない、近う寄れ」

「へえ……」

老人はぐっと寒笑をねめつけた。それは相手の気合をしかと掴んで身動きもさせぬちからを持っていた。寒笑はごくっと唾をのみ、ひきずられるように膝を進めた。老人は一語ずつ区切って、低い声で云った。

「そのほうの前に、太橋家の別宅があるであろう、そこへ高松藩の者が出入りをする筈だ、存じておるか」

「へえ、いいえ、わ、わ」

「知らなければよい、これから申すことをよく聞いて、そのとおり働くのだ、当座の袂としてこれを遣わす」