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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
――斉昭公だ。
秀之進はそう直感し、これもすぐに座を立った。
斉昭は質素なみなりだった。生麻の無地の帷子に、おなじ地の紋を小さく染めだしたひとえ羽折をかさね、こまかい小倉縞の袴をつけていた。額の高い、おもながの、いかにも高貴の人らしいおっとりとした顔だちであるが、眼光と口もとに、するどいものが感じられる、……秀之進はすばやくこれだけの印象をつかんだ。座を立ったかれは、そのまま狭い料理場の隅へ隠れるように身をひそめた。あるじの老夫妻は裏へとびだして、雨落ちの底の下へ土下座をしていた。
「この頃は健康はどうか、少し肥えたようにみるが」東湖に云うらしい韻の深いよく徹る声であった、またつづけて、「宅慎が解けたので飲みまわっているわけか、あまりすごさぬほうがよかろう、肥えている者に大酒は毒だ」
そう云うのも聞えた。おっかぶせるような雷鳴で東湖の答えはわからなかったが、扈従の人々がつつましく笑った。
秀之進は東湖がめどおりの機会を作って呉れるかと思い、今にもその言葉が出るかと待っていたがそのようすはなかった。主従はなにか話してはなごやかに笑う。すさまじい雷鳴と豪雨の音で、会話はほとんど聞きとれなかったけれど、そのなごやかな雰囲気は湯のように温かく秀之進の胸にしみた。