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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
斉昭は上り框に腰掛け東湖は土間に膝をおろしている。その位置は主君と家臣とをはっきりわけているが、話しぶりはそういう埒を忘れさせるほど親近でじかだった。二人はいずれもこの時代を動かす大きな存在である。見えざる勢い、聞えざる声が、この二人を中心に大きい渦を巻いている。その渦は宙天にまで奔騰しようともがいているのに、いま此処に見る二人はあくまで穏やかにしずかである。……地を叩く豪雨のしぶきは、土間の中まで吹きこんで来て秀之進の背を濡らしたが、かれはそんなことに気もつかず、じっと主従の語り合うさまに全身の注意を集めていた。
斉昭はながくはいなかった。「近く江戸へ出るかも知れぬ」そう云うのが聞えて間もなく、別の供が表へ乗物を持ってはせつけた。斉昭は雷雨のなかへ去っていった。
「早水さん、どこにいる……ああここか」送りだして、戻って来た東湖は土間からあがって来る秀之進を見ながら、「いや、ぐっしょりだ」
そう云って笑い、手拭をとりだして衿から胸のあたりまで流れるような汗を押しぬぐった。しかしそれだけで、斉昭のことは一言も口にしなかった。
「先生、思わぬ雷さまで、ございましたね」