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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

「おいどうしたんだ」

大助が低いこえで呼びかけた。寒笑はまるくなって廊下に寝ていたが、えっといってねぼけ顔をふり仰いだ、「ああ酔った、もういけねえ、誰の盃だってもうだめだ、勘弁して呉れ」

どろんとした調子でそういうと、ふたたびそこへ寝ころんでしまった。大助はその襟がみを掴むと、おい此方へ来いと、囁くようにいいながらひき起こした。

「なんだ、寒笑じゃないか」ひきずり込まれた寒笑をみて、かねて顔なじみの柳通助が云った、「どうしたんだ、ひどく酔っているようじゃないか」

「酔ってはいないんですよ」大助はうしろ手に襖をしめ、寒笑を座のまん中へひき据えた、「潰れるほど酔っていたら、はじめに呼びかけたわたしの声は聞えるものじゃありません、またこの男が少しばかりの酒でこんなに酔う筈はないんです」

「とんだ九大夫がでて来たぞ」千吉郎はむしろ可笑しそうに、にやりとしながら盃をとった、「おい寒笑、誰にたのまれた」

「…………」

寒笑は蒼くなっていた。一所懸命に泥酔したふうを装うつもりらしいが、からだは震えてくるし舌は硬ばるし、胸苦しくて息もつけぬとみえ、ただむやみに眼ばかりうろうろさせていた。