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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
この数日しきりにそのことを考えていたのである。娘にとってもっとも安穏なおちつき方は結婚だ。しかし藤尾の場合には、その身の上が決定的に結婚の邪魔となる。兄を喪った傷心もまだ癒えまい。しかも吉田藩から兄妹をつけて来た討手が、どこに隠れてねらっているかも知れないのである。――こればかりは梅八に相談してもしかたがないし。近いうち木曽へ出立するつもりでいる大助には、それがなにより懸念の種なのであった。
「お熱すぎましたでしょうか」
間もなく藤尾が茶をいれて来た。大助はうまそうに舌を鳴らせてすすった。
「結構です、酒で喉がやけているものですから……何を書いていらしったんです」
「はあ、あの……」
「こまかい書きものをなさるときは、もっと灯を明るくなさらないといけませんね、なにか写しものですか」
「いいえ、心覚えの日誌を」
ああそうかと大助は眼で頷いた。兄と共に吉田を脱藩して来てからの、幾十日の風雪の日々を書きとめていたに違いない。どんな気持で筆をはこんでいたことだろう。……憂いある眉のあたり、いくらか肉づいてはきたが、心労の影の濃い頬、俯向いている藤尾の顔を見まもりながら、かれはまた胸が暗くなるのを感じた。