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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
それはその客のなかに、自分とおなじ雰囲気があり、自分とおなじ時代の生活感情が感じられるからかも知れない。黙っているときでさえ、その心に去来する想いがどのようなものであるか、梅八には察しがついた。客がどんな身分で、どんな過去をあゆんで来た人か知らないが、ぜんたいからにじみ出る感じは自分とおなじ「時代に置き去られた」という寂しさである。新しい時勢の動きを前に、茫然とおのれをふりかえっている寂しい孤独感だった。
――この人には自分の気持がわかって貰える、口に出さずとも、そぶりに表わさなくとも、この人だけには自分の寂しさがわかって貰える筈だ。
梅八はそう信じ、さらに客もまた自分に対して、おなじ信じ方をしていると思った。「お支度ができました」女中が知らせて来たので、笛の客と梅八とは立ちあがった。
印のある提灯で桟橋まで送られた二人は、待っていた猪牙舟に乗って河岸をはなれた。季節からいえば、もう隅田川は涼み舟で賑わうじぶんなのに、雨催いといい、肌寒いほどの陽気なので、それらしい舟は一艘もみえず、河岸の家々の燈火も、どうかすると本当に秋のような思いをそそった。