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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

哀訴しているそうだが、溺れる者の藁にすぎぬ、此処でおれが斬らぬことで、自分が今どういう位置にいるかを考えるがいい、大峰と矢田部は貰ったぞ」

梅八はそのあいだずっと寅寿の表情から眼をはなさずにいたが、三人が立ち去ろうとするのをみて、お待ち下さいと呼びとめた。

「いまお武家さまは、わたくしがこの方の口にさそわれて、云ってはならぬことを申したと仰しゃいました」

「云ったよ」

「それはどういう意味でございますか、云ってならぬこととはなんでございます、それを聞かせて下さいまし」

魁介はじろっと梅八を見あげ見おろした。そしてふんと鼻を鳴らし、まるで腹でも立っているように、「自分のことだ、よく考えてみろ」そう云ったまま、二人を促してさっさと庭へおりていった。

梅八は投げだされたように坐り、なんとも云いようのない哀しさにうたれながら、寅寿の顔をみまもりつづけた。そこになにか答えが出て来はしないかというように、……寅寿は黙っていた。俯向いた眉のあたり肩つき、すべてがはげしく緊めつけられるような苦悶に満ちていた。かの女はなにも知らない。結城寅寿という名もはじめて聞く。いま眼の前に見た出来事が、どのような事実を語るものなのかわからない。