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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
汗を拭かせて貰いたいといって、風呂場で水を浴びてから、次の間の蚊帳へはいった。
――会いたくないのか、そんな筈はない、突然なので気臆れがしたのかも知れぬ、ありそうなことだ、だが自分はどうだ。
秀之進は仰臥したままじっと闇をみまもった。あるじ宗兵衛がいまなにを考えているか、苦しんでいるか、悦んでいるか、それともまるでなにも意識しないか、かれはそれが知りたいと思った。
客間ではまだ熱心な議論の声が続いていた。
――しかし自分はどうだ。
秀之進はもういちど自分の心を覗いてみた。自分はなにを考えているか、平静だろうか、観念に、動揺はないだろうか。十七年ぶりで父に会う、というよりもほとんど生れてはじめて父に会おうとしている、善かれ悪しかれ一生の一転機となるに違いない。意識したものはないがながいあいだ待っていた、むしろ実現する望みさえもたずに待っていた機会がいま眼前に迫っているのである。――自分は動揺してはいない、惧れもなければ期待したような悦びもない、心はこのとおり静かだ、いつもと少しも変ったところはない。
本当にそうだろうか。……かれはふと来る途中で富士へ登ったことを思いだした。