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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
た、あたしなんぞには縁のないもの、違う世界のことだというふうに思っていました、どんなに厳しくとも芸の道は自分を出ないんです、世間を知らないことが自慢になるぐらいなんですから、……あたし本当に自分たちと貴女がたの違いを悟りました」
「まあ、そんなことはございませんですよ、人はそれぞれ身の上も生き方も違うのですから」
「いいえそうじゃあございません、町家育ちでもみんながみんなとは云いませんけれど、ああいうようにすぐ心をきめることはむつかしゅうございます、どんなことがあるかわからない道中、それも初めての旅へ女ひとりで……ふだんきちんと行儀を厳しくしていらっしゃるのも、こういうときのためなんですね」梅八はほっと太息をついた、「人間はふだんの気持が大切だ、三味線や唄、踊りなどという芸の道でも、ふだんの心の行儀はなにより大切に云われています、そしてあたしも、自分ではその行儀を忘れずに生きて来たと思っていました、けれどもこんどというこんどは気がついたんですよ……あたしの芸は自分だけのためのものだった、世の中がどうなろうと、自分は自分の芸だけ考えていればいい、いいえそれどころか、世の中がこんなにひどくなって、自分の芸をわかって呉れる方が無くなったなどと、勝手なぐちをこぼしたりしていたくらいです、そんなことだから……」