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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

そんなことだから、あのような取返しのつかない失策をしてしまったのだ。梅八は言葉の終りを胸のなかで云って、自分の愚かさを罵り辱しめた。とりかえしのつかぬ事、大助の木曽行を平気で告げた、それがどんな大事になるか気付きもしないで、……その愚かさは平常の生き方からきているのだ。生き方の中心が違っていたら、あのようにばかなまねはしなかったであろう。それがいま梅八の心を八千にひき裂くのである。

世の中というものは人間が集まって出来ている、どんな生業をしようとも、世間と関わりなしに自分ひとりで生きられるものではない。梅八はいましみいるようにそのことを思った。……人間は生きているというだけで誰かの恩恵を蒙っている、他人の造った家に住み、他人の作った米麦を喰べ、他人の織った着物を着る、日々の生活に欠かせない有ゆる必要な品々が、すべて見も知らぬ他人の丹精に依って出来たものだ。ひとから物を借りれば、いつかは礼を付けて返さなければならない。返せない借物なら、それに代るだけの事をするのが人間の義理である。世の中に生きて、眼に見えない多くの人たちの恩恵を受けるからには、自分も世の中に対してなにかを返さなければならないだろう、自分はそれをしたであろうか。