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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

秀之進は少年の頃から左近さまのお気にいりで、その館へ自由に出入りを許されていた。そこには常に諸国から志士人傑が集まっていて、慷慨悲憤の議論の絶えるときがなかった。しかしかれはその中にあっても悄然と孤り緘黙していた。どのような熱狂にも巻きこまれなかった。そういうかれを視る人々はなんとなくけむたそうで、――あれはどういう人物です、と不審げに根問いをする。なかには大奸の相があるから御注意をなさるがよいという者さえあった。左近頼該は、――それは気をつけよう、と笑うだけだった。べつに弁護もしないが大奸だと疑う風もなかった。左近さまは左近さまなりに、秀之進の性格を視るところがあったのである。

太橋大助を除いてかれには親友がない。いや大助との交わりも親友だと信じているのは大助のほうで、秀之進はそういう意味を表示したことは曽てなかった。

つまり早水秀之進の今日まではこうしてどん詰りまで孤独だったのである。

廊下をそっと、忍び足に近寄って来る人のけはいで、秀之進は眼をさました。睡っていたというよりも、ようやくうとうとしかけた時だった。それと忍び足の、音をひそめた歩きぶりが却ってはっきりと意識にひびいたのである。