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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

それはたしかだといって、秀之進は、ちょうど道が二つに岐れるところへ来ていたのをずんずん左へはいっていった。そこにある石の道標には、信濃路右と刻ってあった。左は山越えに高遠へ出る道である。それを半町ばかりいったところで、二人は左手の杉林の中へとはいった。……そこは湿った土の香がしっとりと匂っていた。枝を密にさし交わした梢に遮られて、こぼれ日の光りも落ちず、樹間を吹きぬけて来る風は肌にしみるほど涼しかった。

道を急いで来る人の足音が聞えた、大助は秀之進の顔を見た。かれは落ち着いたようすで、じっとなにかを聞きすましている。……すぐ頭の上でひぐらし蝉が鳴いているのだった。いま近づいて来る足音が新島八十吉であることは、猿橋の駅あたりから二人にはわかっていた。八十吉のほうでも気付かれたことは知っているとみえ、少しも自分を隠そうとはしなかった、蛇のような眼でじっと秀之進をにらみながら、三町ほどの間隔をおいてつけて来る必要があるのだ。

道をこっちに近づいて来た足音は、二人のいるところから四五間さきまで来るとぴたっと止ってしまった。――どうしたんだろう、大助が秀之進の眼を見た。