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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
――ここにも時勢のはげしい潮流がしぶきをあげている。
頼胤はそう思った。正しくそのとおりなのだ、頼胤を擁立する勢力は伝統保守である、封建の世を保守しようとする人々には、左近頼該はその在ることすら邪魔なのだ。どんな方法をもってしても喪いたい人物なのだ、生命が喪くならないとすれば、少なくともその存在を無意味にするだけでもよい、それが左近を「病狂人」と云わせる蔭のちからになっているのである。
「比較をするのは僭上かも知れぬが」と左近はもの思わしげな弟に構わず、かえって明るくさえある調子で続けた。「大楠公も御自分を死んだとみせて、まず味方を妄信させられたことがある、激しい戦いのさなかに、一軍の統帥たる身が死んだと偽ることは、その計策の価値とは離れて、非常な英断と云わなければならない、わたしはそれを敢えて実行したときの大楠公の心事を想う、王事のためにはおのれを殺し、一族を殺す、あらゆる条件をこぞって、ただひと筋にみいくさにうちこむ、その心事の清純壮烈さに、ただただ頭がさがる……わたしが瘋癲人であるかないかは、わたしがこれからなにをするかで決定するだけだ、わたしはそれを考える、あの甲冑を拝するたびにそれを考える、下人の評判というものも」