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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
その話が済むと左近はまたもとの磊落なようすにかえり、弟をさそって庭へ出ていった。
かれはにこにこ笑いながら、この頃は世間でいろいろ亀阜荘の評判がやかましいこと、左近頼該が瘋癲人だとさえ噂されていることなどを冗談のように話した。
「下人どものあいだで、少し気のおかしい者のことを『左近さま』と云うそうだ」
そう云ってしずかに笑った。
左近頼該を瘋癲人だという評判はかなりまえからあった。それは前にも記したが、家臣の多くに頼胤を廃して左近を藩主にたてようとする機運がうごきだしたとき、左近がにわかにおのれを歌舞遊楽に韜晦した、その頃にもう根ざしていることだった。その後も遊侠の徒日柳燕石を近づけたり、名も知らぬ諸国の浪人処士を出入りさせたり、法華経に凝ったりすること、その表面をとりあげて浅見の徒が「病狂人」と謂うのは、さして咎むべき誹謗ではなかったといえる。しかし……頼胤にはべつの意味で、兄の言葉が心に痛くつき刺さった。その世評はしぜんに弘まったものではなく、いやしぜんに弘まったことが事実であるとしても、それを抑えなかったもの、寧ろ助長させたともいえるものがあることを知っていたからである。