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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
「いそいで帰れ源十郎」
「どこへ……」
「亀阜荘じゃないか、おまえそのほかにゆくところがあるか」
「いや早水さんはどうするかというんだ、あんたは何処へゆく」
「己か、己は……」こう云いかけて、彼はそうだと頷いた、「己はこれから高松を出てゆくよ、済まないがお屋形へそう申上げて呉れないか」
「だってこのままでか、御挨拶なしということはないだろう、一緒にいかなくちゃいかんよ」
「いやもういちおう御挨拶は済ませてある、いまの出来事で国境の警戒が厳しくなるに違いない、今夜のうちに御領内を出るよ」秀之進は刀を拭って鞘に納めた、「……だからその意味を申上げて、ここから立ったとお伝え申して呉れ」
「久し振で会って己も色いろ話があるんだぞ」
「生きていればまた会うさ、頼むよ」
こう云って秀之進はさっさと踵を返した。
たしかに、この事件で国越えはむずかしくなる、出るなら今夜のうちだと思った。然しその裏にはもう一つ父のことがあった。……さっき御殿で父に会ったとき、互いに眼を見交わした一瞬、そして父がなにか云いたげに唇を動かすのを見て、秀之進の心にふしぎな感動が起こったのである。父はもうこんなにも老いている、いきなりそういう感じがきて、なにかが胸へつきあげるように思った。