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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
恐らくこっちのことは云うなと口止めをされたに違いない。だがいったい誰だろう。大助は首を捻ったがまったく見当がつかなかった。
藤尾を伴れて江戸へ出た彼は、校川家を訪ねて秀之進が既に水戸へ立ったことを知り、旅塵を洗う暇もなく跡を追って来たのである。こんどの出府では秀之進と一緒に水戸までゆくこと、もしできたら藤田東湖に会うこと、この二つが彼にも目的の内にあったからだ。……早水には三日だけおくれている。それで急いで来たのだが、常陸のくに府中というこの城下はずれで、まったく思いがけない呼止めを食ったのである。
「あいだ三日も違うんだからそんな筈はないだろうが、殊によると早水かも知れない」
大助はこう呟いてともかくも道を戻った。
府中は後に石岡と改称した土地で、領主は松平頼縄、二万石の城下町である。松八というのは町中の繁華な処にあった。付近に三四軒ある宿のなかでも中どころだろう。さっき子供の自慢したほどではなく、見つきも暗く小さな構えだった。宿の者はなにも知らない風で、不愛想な下女が案内した二階は、雨戸が閉めてあり、むっとするほど温気が籠っていた。
「すぐ風呂へはいりたいんだが沸いているか」