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しんちょうき

新潮記

山本 周五郎

「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页

青空文庫

いくたびも耳にし書で読んだ「この太洋のかなたに亜米利加あり」ということが、いまこの海を前にしてはじめて秀之進の実感にきた。

「――大きいな」

かれは深く息をつきながら、いくたびも圧倒されたような声でそうつぶやいた。

吹きわたって来る風は海の青に染まっているかと思われ、むせるほども潮の香に満ちていた。眼もとどかぬ沖のかなたで盛りあがる波は、運命のようにじりじりと、高く低くたゆたいつつ寄せて来る。そして磯の近くまで来るとにわかに逞しく肩を揺りあげ、まるで蹲んでいたものが起ちあがりでもするようにぐっと頭を擡げるとみるや、颯と白い飛沫をあげて崩れたち、右へ左へとその飛沫の線を延ばしながら歓声をあげて水面を叩き、揺れあい押しあいつつ眩しいほど雪白の泡となって汀を掩う……これらはすべて或る諧調をもっていた。旋律のない壮大な音楽ともいえよう、いや旋律さえ無いとはいえない。耳でこそ聞きわけられないが感覚には訴えてくる。ただその音色が現実的に説明しがたいだけだ。……秀之進は云いようのない感動にうたれ、自分もその海景のなかに溶け入ってしまったもののように、砂丘に腰をおろしたまま惘然と時の経つのを忘れていた。