轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页
漣山人の名は中坂思案外史と共に早くから『読売新聞』の投書欄に見えていた。私が偶然読んで記憶していた手習の説というは漣が最初の投書であって、その時十四歳であったそうな。十四歳初めて新聞に寄書し、十九歳小説を著わし、二十一歳既に一家を成した漣は稀に見る寧馨児であった。前にもいった通り、その頃の『読売新聞』の投書欄は当時の名士の論戦場であって、昨年の春易簀した杉浦天台道士もまた寄書家の一人であったが、或時何かの問題で天台道士と漣と論戦した事があった。その後漣が先生の称好塾に入門してから後、偶然この事が解った時、君が漣山人かと天台道士も意外の感に打たれたそうだ。漣はこういう早熟の奇才子であった。
私が漣に初めて会ったのは二十二年の夏の初めであった。或朝、紅葉を飯田町の三畳の書斎に訪うて話していると、飄然やって来たのは飛白の単衣の瀟洒たる美少年であって、これが漣であると紹介された時は、予て若い人だとは聞いていたが、余り若過ぎるので喫驚してしまった。美妙斎に会った時も意外に若いので喫驚したが、漣の若いには更にヨリ以上驚かされた。漣はその時二十歳であったが、精々十八、九ぐらいにしか見えなかった。