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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页
そういう方面の交際を全く嫌った私の生野暮を晒って、「遊蕩も少しはして見ないとホントウの人生が解らんものだ、一つ何処かイイ処へ案内しようじゃないか、」と能く云い云いした。
二葉亭のお父さんは尾州藩だったが、長い間の江戸詰で江戸の御家人化していた。お母さんも同じ藩の武家生れだったが、やはり江戸で育って江戸風に仕込まれた。両親共に三味線が好きで、殊にお母さんは常磐津が上手で、若い時には晩酌の微酔にお母さんの絃でお父さんが一とくさり語るというような家庭だったそうだ(二葉亭の直話)。江戸の御家人にはこういう芸欲や道楽があって、大抵な無器用なものでも清元や常磐津の一とくさり位は唄ったもんだ。二葉亭のお父さんも晩酌の膳に端唄の一つも唄うという嗜みがあったのだから、若い時分には相応にこの方面の苦労をしたろうと思う。この享楽気分の血は二葉亭にもまた流れていた。
その頃の書生は今の青年がオペラやキネマへ入浸ると同様に盛んに寄席へ通ったもので、寄席芸人の物真似は書生の課外レスンの一つであった。二葉亭もまた無二の寄席党で、語学校の寄宿舎にいた頃は神保町の川竹(その頃は川竹とはいわなかったが)の常連であった。