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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页
随って少年時代から魏叔子や陸宣公で培われた頭は露西亜の文学の近代的気分に触れてもその中に盛られた自由思想を容れるには余りに偏固になり過ぎていた。
二葉亭が小説家型よりは国士型であるというは生前面識があった人は皆認める。この国士型というは維新前後から明治初期へ掛けての青年の通有であって、二葉亭に限らず同年配のものは皆国士を理想とした。本党の床次、現閣の浜口、皆学校時代から国士を任じていた。当時の青年が政治に志ざしたのは皆国士を標的としたからで、坪内博士の如く初めから劇や小説を生涯の仕事とする決心で起ったものは異数であった。徳冨蘆花が『ほととぎす』に名を成した後の或る時「我は小説家たるを恥とせず」とポーロ擬きに宣言したのはやはり文人としての国士的表現であった。町人宗の開山福沢翁が富の福音を伝道しつつも士魂商才を叫んだ如く、当時の青年はコンパスや計算尺を持つ技師となっても、前垂掛けで算盤を持っても、文芸に陶酔してペンを持っても、国士という桎梏から全く解放されたものは先ずなかった。身、欧羅巴の土を踏んで香水気分に浸ったものでも頭の中では上下を着て大小を佩していた。