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ふたばていよだん

新編 思い出す人々

内田 魯庵

内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页

青空文庫

(このピヤノは後に吉原の彦太楼尾張屋の主人が買取った。この彦太楼尾張屋の主人というは藐庵や文楼の系統を引いた当時の廓中第一の愚慢大人で、白無垢を着て御前と呼ばせたほどの豪奢を極め、万年青の名品を五百鉢から持っていた物数寄であった。ピヤノを買ったのも音楽好きよりは珍らし物好きの愚慢病であった。が、日本の洋楽が椿岳や彦太楼尾張屋の楼主から開拓されたというは明治の音楽史研究者の余り知らない頗る変梃な秘史である。)

椿岳は諸芸に通じ、蹴鞠の免状までも取った多芸者であった。お玉ヶ池に住んでいた頃、或人が不斗尋ねると、都々逸端唄から甚句カッポレのチリカラカッポウ大陽気だったので、必定お客を呼んでの大酒宴の真最中と、暫らく戸外に佇立って躊躇していたが、どうもそうらしくもないので、やがて玄関に音なうと、ピッタリ三味線が止んで現れたのはシラフの真面目な椿岳で、「イヤこれはこれは、今日は全家が出払って余り徒然なので、番茶を淹れて単りで浮れていた処サ。」と。多芸も多芸であったが、こういう世間を茶にする真似もした。

椿岳の多芸は評判であったが、中には随分人を喰った芸もあった。